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世界のエリートはみなヤギを飼っていた【第3回】「八木劉禅」 田中真知×中田考コラボ小説

「世界のエリートはみなヤギを飼っていた」田中真知×中田考によるウイズコロナ小説【第3回】


「バカとは、自分をヘビだと勘違いしたミミズ」「人間はみなダメです。(中略)ダメなのは、何も知らないことではなく、知るべきことを知らないことです。知るべきことを知らない者をバカと言います。知るべきことを知らない者はどんなに物知りでも高学歴でもバカであり、知るべきことさえ知っている者は誰でもたとえ他に何一つ知らなくとも賢者です。」―――イスラーム法学者で博覧強記の怪人・中田考氏を、作家の田中真知氏が徹底インタビューして編まれた極辛劇薬人生論『みんなちがって、みんなダメ』(KKベストセラーズ)はベストセラーに。その後続編が期待され続け、ついに誕生したのが「田中真知×中田考によるウイズコロナ小説『世界のエリートはみなヤギを飼っていた』。【第3回】は「八木劉禅」。


世界のエリートはみなヤギを飼っていた

第3回 八木劉禅

 

 武内レイは中学二年生のときに都内の学校に転校した。

 そのとき同じクラスの隣の席にいたのが八木劉禅だった。

 もっとも、当時八木劉禅は、自分の名前を嫌っていたのか、持ち物にもテストにも「リュウ」と署名していて、同級生の間でもリュウと呼ばれていた。

 レイがあいさつしたときも、「オレはリュウだ」とぶっきらぼうに名乗った。

 レイは小学校のときから、なんどか転校の経験があった。

 そのため新しい学校にやってくると、クラスの生徒の権力関係を観察する癖が身についていた。

 どんなグループがあるか。グループ同士の関係はどうなっているのか。だれがリーダーで、だれが腰巾着か。

 一週間もするうちに、権力と序列関係が見えてきて、自分の安全を確保するにはだれに近づけばいいか、レイにはだいたいわかった。

 だが、たいていどの学校でもそうした序列から外れたアウトカーストがいる。リュウもそうだった。

 そうだと確信したのは、転校したその日、国語の授業で漢字の小テストがあったときだった。

 テストが始まると、となりでリュウがぶつぶつつぶやきはじめた。

 「ぼうせんのぶぶんをかんじになおして、しかくのなかにかきなさい。なになに、『やまでせんにんのようなくらしをしていた』……」

 レイが不審に思って横を見た。リュウが問題文を読み上げている。

 「せんにんのようなくらしって、せんにんもいたら、どんだけでかい家だよ、せんにんもいたら、風呂どうすんだよ、やべーじゃん……」

 「リュウ、静かにしろ!」先生がどなった。

 「静かにしてますよ。えーと、次は、『しゃちょうをやめていんきょする』だって、なんでやめるんだよ、どこのしゃちょうだよ。もったいねーじゃん、オレがなってやるよ……」

 ーーまじヤバくない?

 レイはリュウとはかかわらないほうがいいと思った。

 実際、リュウはクラスでも浮いていた。

 浮いたやつはいじめの対象になりやすい。しかし、リュウがいじめられている様子はなかった。むしろ、面倒なので避けられているかんじだった。

 だが、レイが困ったのは、たまたま隣の席だからか、リュウが気軽に話しかけてくることだった。

 「転校生ってさ、心細いじゃん、オレも転校したことあるからわかるんだけどさ」

 ーーわからなくていい。

 レイが心のなかでつぶやいた。

 「困ったことあったらさ、オレにいいなよ」

 ーー絶対いわない。

 むしろ頼み事をしてくるのはリュウの方だった。

 あるとき宿題を忘れたので、写させてくれないかといわれたことがある。

 仕方なくレイはノートを貸してやった。

 だが、昼休みになっても写す様子がない。

 「いつ写すの?」

 「いいから、いいから」リュウは生返事をして、校庭へ遊びに行ってしまった。

 結局、昼休みが終わり、授業が始まった。

 そのときになって、リュウはようやくレイのノートを開いて書き写しはじめた。しかも、声に出して読み上げながら書いている。

 ーーバカなの?

 当然すぐ先生に見つかり、リュウもレイも職員室に呼ばれて説教されるはめになった。

 職員室を出たとき、レイがためいきをつくと、

 「気にすんなよ」とリュウがいった。

 ーーどこまでバカ?

 「気にしろよ! おまえのせいだろ!」レイが叱りつけた。

 もうリュウとは金輪際関わるものかとレイは誓った。

次のページそれからしばらくして修学旅行の日がやってきた

KEYWORDS:

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第1章  あなたが不幸なのはバカだから

承認欲求という病
生きているとは、すでに承認されていること
信仰があると承認欲求はいらなくなる
ツイッターでの議論は無意味
教育するとバカになる
学校は洗脳機関
バカとは、自分をヘビだと勘ちがいしたミミズ
答えなんかない
あなたが不幸なのはバカだから
「テロは良くない」がなぜダメな議論なのか
みんなちがって、みんなダメ
「気づき」は救済とは関係ない
賢さの三つの条件
神がいなければ「すべきこと」など存在しない
勤勉に働けばなんとかなる?

第2章  自由という名の奴隷

トランプ現象の意味
世界が「平等化」する?
努力しないと「平等」になれない
「滅んでもかまわない」と「滅ぼしてしまえ」はちがう
自由とは「奴隷でない」ということ
西洋とイスラーム世界の奴隷制のちがい
神の奴隷、人の奴隷
サウジアラビアの元奴隷はどこへ?
人間の機械化こそが奴隷化
人間による人間への強制こそが問題

第3章  宗教は死ぬための技法

老人は迷惑
老人から権力を奪え
老人は置かれ場所で枯れなさい
社会保障はいらない
宗教は死ぬための技法
自分に価値がない地点に降りていくのが宗教
もらうより、あげるほうが楽しい
お金をあげても助けにはならない
「働かざる者、食うべからず」はイスラーム社会ではありえない
なぜ生活保護を受けない?
金がないと結婚できないは噓
結婚は制度設計
洗脳から逃れるのはむずかしい
幸せを手放せば幸せになれる

第4章  バカが幸せに生きるには

死なない灘高生
寅さんと「ONE PIECE」
あいさつすると人生が変わる?
視野の狭いリベラル
夢は叶わないとわかっているからいい
「すべきこと」をしているから生きられる
バカが幸せに生きるには
三年寝太郎のいる意味
バカと魯鈍とリベラリズム
教育とは役立つバカをつくること
例外が本質を表す
言葉の暴力なんてない
言論の自由には実体がない
バカがAIを作れば、バカなAIができる
差別と区別にちがいはない
あらゆる価値観は恣意的なもの
『キングダム』の時代が近づいている
人間に「生きる権利」などない

第5章  長いものに巻かれれば幸せになれる?

理想は「周りのマネをする」と「親分についていく」
自分より優れた人間を見つけるのが重要
身の程を知れ
長いものには巻かれろ
ほとんどの問題は、頭の中だけで解決できる
権威に逆らう人間は少数派であるべき
たい焼きを配ることで生まれる価値
大多数の人にコペルニクスは参考にならない
為政者が暗殺されるのはいい社会?
謙虚なダメと傲慢なダメはちがう
迫害されても隣の人のマネを貫き通す

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田中真知×中田考

たなかまち,なかたこう

作家,イスラーム法学者

田中真知 たなか・まち

作家、翻訳家。あひる商会代表。一九六〇年東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。一九九〇年より一九九七年までエジプトに在住。アフリカ・中東各地を取材・旅行して回る。著書に『アフリカ旅物語』(北東部編・中南部編)、『ある夜、ピラミッドで』、『孤独な鳥はやさしくうたう』、『美しいをさがす旅にでよう』、『たまたまザイール、またコンゴ』(第一回斎藤茂太賞特別賞を受賞)旅立つには最高の日』、『増補 へんな毒 すごい毒』、訳書にグラハム・ハンコック『神の刻印』、ジョナサン・コット『転生 古代エジプトから甦った女考古学者』など。現在、立教大学講師も務めている。

 

 

 

中田考 なかた・こう

イスラーム法学者。一九六〇年生まれ。イブン・ハルドゥーン大学客員教授。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、二〇代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。近著に『イスラームの論理』、『イスラーム入門』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『みんなちがって、みんなダメ〜身の程を知る劇薬人生論』、『タリバン 復権の真実』など。

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